どの基準を選んでいるでしょうか・・。

1サムエル記13章11-12節
「・・・兵たちが私から離れて散って行こうとしていて、また、ペリシテ人がミクマスに集まっていたのに、あなたが毎年の例祭に来ていないのを見たからです。今、ペリシテ人がギルガルにいる私に向かって下ってこようとしているのに、まだ私は主に嘆願してないと考え、あえて、全焼のささげ物を献げたのです。」
/ペリシテ人との戦争でイスラエルの人々は敵の強さに逃げたり怯えたりしていました。そういう中で、サウルは約束のサムエルを待てず、また主から割り与えられたものでもないのに、全焼のいけにえをささげて罪を犯しました。このサウルの弁明は、自分の責任を問うことなく、敵や民、サムエルのせいにして、仕方なかったんだという相対的な基準で自分は悪くないとしています。状況にかかわらず、自分の思いにかかわらず、語られている神の約束のことばに立つこと(語られた神に信頼すること)が求められていたのですが。