「民衆のあざけり」ルカ 23:35-43

「民衆のあざけり」ルカ 23:35-43

■あざけりの理由

 民衆も指導者たちも、十字架のイエス様をあざけります。それは「自分を救え」との言葉でした。この言葉は現代においても叫ばれ続けています。人である限り、そう叫ばざる得ないのです。しかし、この時イエス様だけは、ご自身を救おうとはせずに、世の罪を取り除こうとされたのでした。それこそが、十字架の意味でした。

■王であるなら

 人々の求める救いとイエス様が成し遂げようとされる「救い」の違いが際立ちます。人々が求めていた救い主は、イスラエルの先頭に立つ「王」であったのです。ピラトの掲げた札は、期せずして的を射た物でした。自分(達)を救い、他(ローマなど)を打ち破る王こそ、救い主であると期待したのです。

■御国の位に

 イエス様の御業を正しく受けとめたのは、同じように十字架につけられている犯罪人の一人でした。彼はイエス様に向かって「あなたの御国の位におつきになるときには」と話しかけました。イエス様の救いは、十字架によって私たちに、天の御国にいたる希望を与えることだったのです。

 イエス様は、天の御国の希望を得たその人に「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます」と言われました。天国の希望を持ちつつ、今日を生きることは、正しく私たちのただ中にある神の国(ルカ 17:21)なのでした。